2026年衆院選分析と高市政権、今後の課題ーポジティブ・ナラティブの機能と限界

馬渕 磨理子

JRIFE-2026-02_選挙戦略分析レポート_馬渕磨理子2026年2月 | No. JRIFE-2026-02

2026年衆院選・レポート

―高市政権、今後の課題|ポジティブ・ナラティブの機能と限界

レポートPDFダウンロードはこちら

馬渕 磨理子  一般社団法人 日本金融経済研究所 代表理事
要旨

本レポートでは、衆院選の総括と高市政権の今後の課題を分析する。ポジティブ・ナラティブの機能と限界争点。衆院選は争点の一本化、スピード感のある選挙運営、ネット基盤の活用という三つの柱により、高市総理は選挙戦の争点設定において主導的な位置を占め、中道・野党勢力は対応を迫られる構図が形成された。自民党単独316議席、与党354議席という戦後初の単独改憲ライン超えは、こうした選挙戦の構造的帰結として分析される。一方、この結果はいくつかの論点を提起する。政策の詳細を争点としない選挙戦であったため、有権者がどの政策に信任を与えたのかが明確でない点、SNS上の支持基盤が同質的な情報空間を形成しやすい点、そして野党が独自の政策軸を提示できず政権への検証機能が低下した点である。今回の政治的信任を、いかに具体的な政策過程へと接続するかが、今後の政権運営における主要な論点となる。

1.総括:高市総理のペースで進んだ選挙

1-1. 論点の遮断

高市氏は、多角的な論点が存在し得る国政選挙において、争点を「指導者の選択(高市・野田・斉藤各氏の比較)」という極めて単純化された二者択一、あるいは三者択一のモデルに収斂させた。この戦略は、有権者に対して選挙の本質的意味を規定するアジェンダ設定(議題設定機能)として作用し、記者会見における言説が選挙戦全体のフレーム(解釈の枠組み)を構築するに至った。すなわち、個別の政策的詳細よりも「政治姿勢の正当性」を問う構図が前面化したといえる。さらに、消費減税の早期提唱は、野党側の有力な対抗言説を先取りするイシュー・プリエンプション(論点の先取り)として機能し、結果として当該論点の争点化が抑制された。他方、こうした手法に対しては「政策的具体性の欠如」という批判が内包されており、今後の政権運営においては、具体的施策へと実装できるかが、正統性を維持する鍵となるであろう。

1-2. スピード感による主導権の確保

「急に始まり、終わっていく」という選挙戦の感覚は、対立候補に反論の準備や独自の争点構築をさせる時間的余裕を与えなかったことを意味する。選挙戦のテンポそのものが戦略であり、相手陣営が対抗軸を立てる前に有権者の認知フレームが固まってしまう状況が生まれた。

2.中道・野党と「保守」フレームの相互作用

2-1. 鏡合わせの対立構造

中道層や野党は「生活者目線」や「リベラルな価値観」で独自の対抗軸を構築する選択肢があったにもかかわらず、高市氏を「強固な保守」と位置づけて批判する言説が中心となった。相手を「保守」と定義して批判するほど、有権者の認知上は「高市氏か、それ以外か」という二項対立の構図が強化される傾向が観察された。この構造においては、「高市氏か否か」という問いの中心に常に高市氏自身が位置することとなり、対抗勢力は高市氏を参照点としなければ自らのポジションを定義しにくい状況が生じた。

2-2. 中道勢力のアジェンダ対応

結果として、中道勢力は「高市氏が提示したアジェンダ」への対応を軸に選挙戦を展開する構図となり、独自の争点を前面化する余地が限定された。「高市総理を保守と位置づけて」対峙したこと自体が、与党側が設定したフレーム内での競争を意味していた。選挙における争点定義権(アジェンダ・セッティング)の所在は、政策の優劣そのものとは異なる次元で選挙戦の構造を規定する。高市総理は「今回の選挙は何を問うものか」という定義の枠組みを一貫して維持し、この枠組みが選挙戦全体の言説空間を方向づけた。

3.アジェンダ・セッティング ― 争点定義権と選挙構造の関係

独自のアジェンダで選挙の構図に影響を与えた先行事例は、近年の日本政治においても確認される。

アジェンダ・セッティングの先行事例

【国民民主党「手取りを増やす。」】2024年衆院選で国民民主党は、複雑な税制議論を「手取りを増やす。」という一語に凝縮した。103万円の壁の引き上げ、ガソリン暫定税率の廃止といった個別政策を、給与明細を見る生活者の実感に直結するワンフレーズに集約したのである。結果、公示前の7議席から28議席へと4倍増を記録した。争点定義の転換が議席増の一因として指摘されている。

【参政党「日本人ファースト」】参政党は、移民政策・食の安全・教育といった多岐にわたる論点を「日本人ファースト」という直感的なフレーズに統合した。既存政党が触れにくいテーマを正面から争点化し、既存の左右の政治軸とは異なる独自の「土俵」を設定することで、無党派層や政治に距離を置いていた層の支持を獲得した。

いずれの事例にも共通するのは「有権者の認知フレーム」の形成において先行した点である。高市総理の今回の戦略は、これらの先行事例と同様の構造を、より大規模に展開したものとして位置づけることができる。

国民民主党の政策提案 ―「社会保険料還付付き住民税控除」とアジェンダ浸透の課題

国民民主党は2024年衆院選における「手取りを増やす。」の議席増を踏まえ、「社会保険料還付付き住民税控除」という新たな政策パッケージを提示した(足立康史「社会保険料還付付き住民税控除の全体像」note, 2025年)。同党はこの政策を次のアジェンダ・セッティングの柱として位置づけていたが、短期間の選挙戦においては有権者への認知・浸透が困難であった。同政策は、所得税・住民税・社会保険料の三つを組み合わせた包括的な手取り増加策であり、三つの所得層に対してシームレスな支援を行う設計となっている。

選挙戦の終盤に同政策への注目が高まったものの、有権者への浸透に必要な時間が不足していた。「手取りを増やす」が即座に伝達可能なワンフレーズであったのに対し、「社会保険料還付付き住民税控除」は制度設計の複合性ゆえに説明コストが高い。なお、社会保険料の還付は社会保障給付の財源に影響を及ぼす可能性があり、その点を含めた有権者への説明と、将来の社会保障像を選択肢として提示する政策設計が各党に求められる。政策の「質」と「伝わりやすさ」の間にトレードオフが存在することを示唆している。高市総理側が選挙の争点枠組みを設定した後では、新たな政策パッケージが有権者の認知フレームを書き換えるための時間的余裕が限定されていた。これは、争点化の「タイミング」が「内容」と同等以上に重要であることを示唆する事例である。

4.争点化と選挙結果に関する研究事例

4-1. 争点化が選挙結果に影響を与えた海外の事例

【1992年クリントン「It’s the economy, stupid.」】クリントン陣営のジェームズ・カーヴィルが掲げたこの内部スローガンは、選挙の争点を経済に一本化する機能を果たした。外交・安全保障に強い現職ブッシュ大統領に対し、争点を自党が「所有」する経済領域に移行させたことが勝因の一つとして分析されている。争点所有権(issue ownership)理論の代表的事例とされる。

【2016年ブレグジット「Take back control.」】EU離脱派は、貿易政策・移民政策・主権といった複雑な論点を「コントロールを取り戻せ」という一語に凝縮した。残留派が経済的リスクを数字で訴えたのに対し、離脱派は感情に訴えるフレーミングで認知フレームの形成を先行させた。アジェンダ・セッティングの第2層(フレーミング)が選挙結果に与える影響を示す事例として分析されている。

【2017年マクロン「En Marche!(前進!)」】既存の左右対立軸そのものを争点にするのではなく、「前進か停滞か」という新しいフレームを設定。既存政党が設定した土俵を根本から作り替えることで、政治経験のない候補が大統領選に勝利した。

5.最優先政策は「責任ある積極財政」

選挙特番(ニッポン放送)において、高市総理は峯村健司氏の質問に対し、最優先政策として「責任ある積極財政」、すなわち「危機管理投資」を挙げた。(筆者も同番組に出演)本節の記述は、当該放送における直接の観察に基づく。

注目すべきは、この回答の選択肢として、憲法改正や消費減税など保守層が期待する政策が複数存在していた点である。しかし高市総理が最初に掲げたのは「責任ある積極財政」であった。防衛力の強化、成長投資の加速、社会保障の持続可能性のいずれも、その実現は財政的基盤の確保を前提条件とする。すなわち「責任ある積極財政」とは個別政策領域に先立つ上位概念であり、財政運営の枠組みそのものを再構築しなければ、いかなる政策目標も実装し得ないという認識に立脚している。財政の根幹を最優先政策として提示したことは、政策実行の前提条件を明示する行為として位置づけられる。

「責任ある積極財政」の構造

「責任ある」 = 財政規律の維持。公債依存度24%台、PB黒字化予算という数字による裏付け。ボンド・ビジランテ(債券市場)への明確なメッセージ

「積極財政」 = 成長投資の加速。AI・半導体・経済安保への集中投資、危機管理インフラへの戦略的資金配分

「危機管理投資」 = 単なるバラマキではなく「国家の生存に関わる投資」という位置づけ。防衛・エネルギー・サプライチェーンの強靭化

6.選挙結果の質的分析 ポジティブ・ナラティブの機能と限界

本選挙における与党勝利の要因として、対立候補に対する攻撃的言説を抑制し、自身の政治的ビジョンを一貫して提示する戦略が挙げられる。すなわち、高市氏はネガティブ・キャンペーンの手法に依拠するのではなく、「日本社会はなお成長の潜在力を有している」という将来志向的メッセージを前面に打ち出すことでポジティブ・ナラティブを構築した。この語りは、停滞感の漂う社会状況下において動機づけ効果(motivational effect)を生み出したと考えられる。さらに、日本社会に歴史的に内在してきた「勤勉」「忍耐」といった文化的規範やアイデンティティ資源に対し、共感的レトリックを介して接続を図った点は、有権者の情動的帰属を強化する作用をもたらした可能性が高い。これは政策内容の論理的一貫性に依拠する説得を超え、指導者の人格的信頼や真摯さへの評価が投票行動に影響を与えたことを示唆するものである。選挙終盤においては、政策の合理的選好よりも、指導者への信頼と政治的熱量が態度形成を媒介したと解釈できる。

他方で、支持層の一部に見られた攻撃的言説の拡散は、デジタル・プラットフォーム環境に特有のエコーチェンバー現象および政治的極性化の進行という構造的課題を顕在化させた。すなわち、リーダー自身が肯定的メッセージを掲げていたとしても、その支持基盤における言説の過激化や同質化圧力をいかに抑制するかという問題は、SNS時代における政治的リーダーシップの新たな統治上の論点である。ポジティブ・ナラティブの構築が本選挙における与党の戦略的特徴であったとすれば、その一貫性を支持層の言説空間にまで拡張し得るかが、政権運営の持続可能性を左右する一つの変数となろう。総じて、本選挙における与党の議席獲得は、ポジティブ・ナラティブによる情動的動員と人格的信頼の形成が寄与した一方で、支持層コミュニケーションの制御というデジタル時代特有の統治課題を同時に内包していたと位置づけられる。

本選挙において与党が獲得した議席規模を次回選挙以降も維持するためには、選挙戦で形成された政治的資本を統治実績へと転換し、支持基盤の再生産構造を構築する必要がある。

第一に、支持基盤の拡張(ウイングの拡大)である。保守層の凝集力と無党派層の取り込みは今回の選挙戦における中核的資源であったが、次回選挙で同規模の議席を維持するには、保守層の動員だけでは不十分となる可能性がある。中間層および無党派層を政策的に取り込むためには、給付付き税額控除をはじめとした社会保障の充実、子育て支援、といった生活者の実感に直結する政策領域での具体的成果が求められる。これらの政策実績が蓄積されることで、次回選挙において、政策的実績そのものが集票基盤として機能する構造が形成される。

第二に、権力行使の抑制的運用である。多数の力に依拠した拙速な政策推進は、有権者に「驕り」として映り、次回選挙における無党派層の離反要因となりうる。合意形成の過程を可視化し、少数意見への応答を丁寧に行うことは、次回選挙に向けて「信頼に足る政権運営」という評価を蓄積するための投資である。

すなわち、今回の選挙で機能したアジェンダ・セッティング戦略を次回選挙でも再現可能とするためには、その間の政権運営において、政策的ウイングの拡大と権力行使の自己規律という二つの条件を充足し、選挙時の政治的熱量を統治実績に裏付けられた持続的支持へと転換することが不可欠となる。

本レポートは、一般社団法人日本金融経済研究所が情報提供を目的として作成したものであり、特定の政治的立場を支持・推奨するものではありません。記載された情報は作成時点において信頼できると判断した情報源に基づいておりますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。

 

一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事/経済アナリスト
著書
▪書籍『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)
WEBサイト:https://mabuchimariko.jp/