物価・賃金・景気の行方を読み解く ― 2026年経済展望:「国内回帰」が切り拓く成長シナリオ ―

馬渕 磨理子

2026年1月6日 | No. JRIFE-2026-0106-

 レポートPDFダウンロードはこちら

物価・賃金・景気の行方を読み解く

― 2026年経済展望:「国内回帰」が切り拓く成長シナリオ ―

馬渕 磨理子  一般社団法人 日本金融経済研究所 代表理事

要 旨

2026年の日本経済は「緩やかな回復」が見込まれるが、米国同様、大企業・富裕層と中小企業・低中所得層の二極化が深刻化する「K字型経済」への注意が必要である。実質GDP成長率は+0.8~0.9%と潜在成長率をやや上回る見通し。賃上げは3年連続5%前後の歴史的高水準を維持の見通しも、中小企業への波及が最大の課題。物価は大規模な値上げラッシュこそ一服するものの、月1,000品目前後の値上げが常態化する。実質賃金がプラスに転じる可能性があるのは2026年前半の可能性があり、それまでは「我慢の時期」が続く。

Key Findings

1. 日本版K字型経済の深刻化:大企業・輸出企業・富裕層は上向き、中小企業・低中所得層は下向きの二極化

2. 賃上げ: 2026年春闘では3年連続となる5%台の賃上げ率実現へ

3. 物価常態化:大規模値上げは一服も月1,000品目前後の値上げが定着

4. 実質賃金:2026年プラス転換の可能性

5. 円安ではなく「日本の構造」に目を向けるべき:恩恵を国内に循環させる仕組みの再構築が急務

1. 2026年景気見通し:「平均は良好、中身は分断」

2026年の実質GDP成長率は+0.8~0.9%と、潜在成長率をやや上回る緩やかな回復が見込まれている。しかし重要なのは数字の裏にある「構造」である。米国同様、日本経済は「K字型」と呼ばれる状態にある。大企業・輸出企業・富裕層は上向き、中小企業・低中所得層は下向きという二極化だ。大企業は価格転嫁が進み設備投資も堅調、株高の資産効果で富裕層の消費も底堅い。一方、中小企業は関税や円安によるコスト増を価格に転嫁しきれず、賃上げも体力を削っている。日銀短観の12月調査でも、大企業は堅調だったが、これは国内消費が「予想外に」持ちこたえていることが大きい。この消費の持続性こそが2026年のカギである。しかし、足元の企業決算には懸念材料も見える。西松屋チェーンカワチ薬品が下方修正を発表したほか、しまむらは12月の既存店売上高が約2.2%減と9ヶ月ぶりの前年割れ、ワークマンも同2.0%減となった。DCMホールディングスは第3四半期累計で営業減益(約4%減)である。これらを踏まえると、個人消費が好調とは言い切れない。1月中旬にかけて発表される小売各社の決算動向を注視する必要がある。

株高スタート ― 3つの要因

2026年の大発会は株高でスタートした。背景には3つの要因がある。第一に、米国株が堅調であるという大前提に加え、日本企業の業績拡大期待がある。値上げ効果や数量効果に加え、自社株買いも寄与し、企業業績は好調を維持している。第二に、ROE改善への期待だ。M&Aや事業再編の進展がこれを後押ししている。第三に、高市政権の「高圧経済」政策である。適度な高圧経済は株式市場に追い風となり、生産性改善を促進する効果が期待されている。

 

日経平均の寄与度から見る注目点

日経平均の寄与度上位には、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソフトバンクグループと半導体・AI関連が並んだ。2025年に続き、この分野の好調さが継続する兆しと言える。注目すべきは4位にファナックがランクインしたことだ。これはフィジカルAI(ロボティクス×AI)への市場の期待の表れと見ている。

 

年末に示された重要なシグナル

年末にかけて、以下の点がポジティブ材料として意識されている。まず、利上げ局面でも日本経済が腰折れしない底堅さへの期待が高まりつつあること。次に、12月22日、片山財務大臣による為替への強めの口先介入があったこと。過度な為替変動には断固たる措置-介入は「フリーハンド」発言である。過度な円安進行への牽制は、輸入コスト増を懸念する内需企業にとって安心材料となり、市場の安定に寄与する。そして令和8年度予算案では、財政規律への配慮が明確に打ち出された。新規国債発行は30兆円未満に抑制され、一般会計ベースのプライマリーバランスは約1.5兆円の黒字と、1998年以来28年ぶりの黒字化が示された。財政健全化への姿勢は、海外投資家からの日本市場への信認を支える効果が期待される。

2. 賃上げ見通し:「5%前後」維持も中小企業に課題

2026年の賃上げ率は「5%前後」が中心予測である。連合は2025年11月28日、中央委員会を開催し、2026年春闘方針を決定した。基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた賃上げ要求は全体が「5%以上」、中小労働組合が「6%以上」としている。3年連続5%前後という歴史的な高水準を維持する見通しだ。

高い賃上げが続く理由は3つある。①構造的な人手不足:生産年齢人口の減少は不可逆であり、人材確保のための賃上げは「やらざるを得ない」状況。②物価高の継続:2025年の消費者物価は前年比+3%を超え、「物価高に負けない賃上げは企業の社会的責務」という認識が経団連にも広がっている。③企業収益の高水準:労働分配率も大企業では低水準にあり、賃上げ余力は十分。

【中小企業の課題】最大の問題は中小企業への波及である。連合は中小企業に6%以上の賃上げを求めているが、2025年春闘でも中小組合の賃上げは4%台にとどまった。帝国データバンクの調査では、価格転嫁率は39%に低下し、特に人件費の転嫁率は32%と低い。「賃上げ疲れ」という言葉が出てきており、収益が伴わない無理な賃上げが資金繰りを悪化させているケースが増えている。

3. 物価情勢:「大規模値上げ一服、常態化へ」

「大規模な値上げラッシュは2026年春にかけて一時収束するが、持続的な値上げは常態化する」というのが見通しである。帝国データバンクの調査によると、2026年1〜4月の食品値上げ予定は約3,600品目で、前年同期の6,100品目から4割減。年間でも1.5万品目前後と、2025年の2万品目超から3割減る見込みだ。

値上げ減少の2つの理由

消費者の「値上げ疲れ」:値上げ後の販売数量減少が顕著に。PB商品へのシフトが進み、企業も一斉値上げを避け段階的調整へ

値上げ要因の変化:2025年はサービス価格(人件費・物流費)が主因だったが、2026年はモノ由来(原材料高)が99.7%を占める

しかし「収束」は「終息」ではない。原材料高、円安、人件費増という構造的要因は解消していない。月1,000品目前後の値上げは常態化し、平均値上げ率も14%前後と依然として高水準である。

4. 倒産動向:人手不足倒産が過去最多

2025年度上半期の倒産は5,172件で、12年ぶりの高水準。2025年1〜11月の倒産は9,372件で、2年連続1万件超えが確実である。負債1億円未満の小規模倒産が7割超を占めている。

特徴的なのは、「人手不足倒産」が過去最多の202件を記録したことだ(前年同期比34%増)。建設業では資材高騰に加え職人不足が深刻で、前年比7%増の1,036件が倒産している。都市部と地方の格差も拡大しており、東北や四国など地方では4年連続で前年を上回る地域が多い。

今後の注意点は金利上昇の影響である。ゼロゼロ融資の借換え返済が始まり、金利が上がれば資金繰りはさらに厳しくなる。「黒字倒産」も増えており、売上はあっても資金調達ができない中小企業が増えている。

5. 円安ではなく「日本の構造」に目を向けるべき

円安を「悪者」にするのは簡単だが、本質的な問題は別にある。円安は日本経済が抱える構造的問題の「症状」であり、「原因」ではない。マクロ経済全体で見れば円安はGDPを押し上げる効果があり、企業業績も好調である。しかし一方で、円安になっても輸出数量は増えにくくなっている。2022年から2024年まで3年連続で輸出数量指数はマイナスを記録した。背景には、リーマンショック後の円高時代に生産拠点が海外へ移転し、円安メリットが国内に波及しにくい構造になったことがある。

円安の恩恵を国内に循環させるための課題

輸出数量の伸び悩み:円安でも輸出数量は増えにくく、国内生産・雇用への波及が限定的との指摘がある

恩恵の偏在:大企業は為替差益で過去最高益、中小企業は原材料コスト増、国民は物価高に直面

真因は国内投資の魅力不足:企業が日本に資金を戻したくなる政策・環境づくりの欠如が本質的問題

問題の本質は、企業が日本に資金を戻したくなるような政策・環境づくりを怠ってきた「国力(投資魅力度)の低下」にある。為替レートという「結果」だけを議論しても問題は解決しない。必要な構造改革は、①生産拠点の国内回帰促進、②エネルギー自給率の向上、③高付加価値産業の育成、④企業利益の国内還元──である。円高になろうが円安になろうが、この仕組みを再構築しない限り、国民生活は楽にならない。

6. 2026年のキーワードは「国内回帰」

グローバル経済のパラダイムが転換しつつある。米国がCHIPS法やIRAを通じて製造業の国内回帰を国家戦略として推進しているように、サプライチェーンの再編と経済安全保障の観点から、先進国による生産拠点の自国回帰が加速している。日本もこの潮流の例外ではない。問われているのは、生産拠点と投資資金の「国内回帰」である。TSMCをはじめとする世界的半導体企業の日本進出、海外投資家による日本株への資金流入、そして過去最高水準にある日本企業の国内設備投資──これらは、グローバルな製造業回帰の潮流と「相対的に割安となった日本」という条件が合致した結果である。

歴史的な円高局面において、日本の製造業は生産拠点の海外移転を余儀なくされ、国内産業の空洞化が進行した。しかし現在の円安環境は、この流れを逆転させる好機となり得る。主要国が戦略的産業政策を展開する中、日本のみが海外依存を続ける選択肢はもはや現実的ではない。この文脈において注目すべきは、高市政権が掲げる「供給力の強化」という政策フレームワークである。危機管理投資や成長投資といった戦略的財政出動を通じて民間の予見可能性を高め、国内投資を促進する──これが政策の基軸となっている。

なぜ「供給力」なのか。人口減少局面にある日本経済において、成長を実現する経路は論理的に二つしかない。資本ストックの拡充と、全要素生産性(TFP)の向上である。海外の廉価な労働力に依存するのではなく、政府の産業政策と連動して国内に先端製造拠点を構築し、AI・ロボティクスを活用して労働生産性を最大化する。これが日本経済再生の現実的なシナリオである。重要なのは、単なる組立工場の誘致ではなく、高付加価値を創出する拠点を国内に集積させ、「賃金上昇を伴う成長」を実現することだ。日本経済は30年ぶりの構造転換期にある。この移行期を乗り越えた先に、賃金と物価の好循環が定着した「ノーマルな経済」が到来するはずである。

本レポートは、一般社団法人日本金融経済研究所が情報提供を目的として作成したものであり、特定の金融商品の売買や投資判断を推奨するものではありません。記載された情報は作成時点において信頼できると判断した情報源に基づいておりますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。見解・予測等は予告なく変更されることがあります。本レポートの利用により生じたいかなる損害についても、当研究所は一切の責任を負いません。

一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事/経済アナリスト
著書
▪書籍『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)
WEBサイト:https://mabuchimariko.jp/