総裁選と市場:積極財政期待の織り込みと政策現実の乖離リスク(9/8)ジェリフェ通信(日本金融経済研究所/代表理事 馬渕磨理子)

馬渕 磨理子

総裁選と市場:積極財政期待の織り込みと政策現実の乖離リスク

高市トレードの熱狂再び? だが石破総裁の教訓を忘れるな

石破総理の突然の辞任を受けて、週明けの東京株式市場は大きく反応した。日経平均株価は一時800円を超える上昇を記録し、為替市場では1ドル=148円台半ばまで円安が進行した。市場の視線はすでに次期総裁選に移っており、候補者を「①積極財政派(高市氏)」「②改革志向派(小泉氏)」「③その他(茂木氏・林氏・加藤氏・小林など)」と三類型に単純化して伝えている。そのなかで、投資家の期待は早くも①高市シナリオに傾いている。積極財政の再来によって景気刺激が加速するとの見方が株価を押し上げ、安全保障関連株(セキュリティ)も買いを集める一方、利上げ観測が後退するなかで銀行株は売られ為替は円安基調を強めている。ライドシェア関連銘柄も上昇し、小泉関連の一角も本日は高い。

「高市トレード」再燃

もっとも、永田町の力学は必ずしも市場の論理と一致しない。政治の決定は政策や理屈だけではなく、派閥人事の思惑や選挙戦略、さらには「なかま意識」や感情的なつながりに大きく左右される。市場が合理的に織り込むシナリオと、実際に選ばれるリーダー像との間にギャップが生じることは過去にも繰り返されてきた。前回の総裁選では、直前まで「高市トレード」が盛り上がり、積極財政期待が株価を演出したが、最終的に石破氏が総裁となったことで、市場は一転してトーンダウンした。今回の辞任劇により、市場は再び熱狂的に高市氏を織り込み始めているが、同じ轍を踏まない保証はない。 さらに注意すべきは、茂木氏・林氏・加藤氏・小林氏といった他の有力候補が最終局面で台頭する可能性である。政策論争が本格化する過程で、改革志向や現実的な財政規律を重視する候補が浮上すれば、投資家の期待と現実は再び食い違うかもしれない。

さらに、積極財政の裏側で意識すべきは債券市場のリスクである。大規模な財政出動や減税策は、短期的には景気を刺激し株価を押し上げるが、中長期的には国債増発を通じて金利上昇圧力を強める可能性がある。とりわけ海外投資家の日本国債保有比率が高まるなかで、財政規律に対する信認が揺らげば、長期金利の上昇や円相場の変動を通じて株式市場の追い風が逆風に変わりかねない。財政拡大は「諸刃の剣」であり、その持続可能性を市場は厳しく見定める局面に入っている。

小泉氏は改革路線──維新との連携で経済に弾み

800円高という派手な数字の裏には、海外投資家の短期マネーの流入が色濃く反映されている。特にヘッジファンドによる先物主導の買いが指数を押し上げており、長期資金が腰を据えて日本株を買っているわけではない。円安の進行も、高市氏シナリオで日銀の利上げ観測が後退した可能性が高い。仮に次期総裁が、市場の期待である高市氏から外れる人選となれば、株価の上げ幅は短期間で帳消しになりかねない。

小泉氏が掲げる改革路線は、規制緩和や行政の効率化といった従来型の構造改革にとどまらず、デジタル化やスタートアップ支援、労働市場の柔軟化といった新しい課題にも踏み込む姿勢が特徴的である。とりわけ注目されるのは、日本維新の会との政策的な親和性であり、もし総裁就任後に連携が進めば、政策運営が前に進みやすい可能性がある。

経済面では、改革路線は短期的な財政出動による景気刺激とは異なり、供給サイドの活性化を通じて潜在成長率を引き上げる効果が期待される。規制緩和による新規参入の促進、教育や雇用制度の見直しによる人材活用、など幅広い波及効果が見込まれる。こうした取り組みが企業収益の拡大につながれば、中長期的には株式市場にとってプラス要因となりうる。

もっとも、改革は成果が表れるまでに時間を要し、痛みを伴う部分もある。既得権益との摩擦や政治的調整の難しさを乗り越えられるかどうかが、政権の持続力と市場評価を分けるポイントとなろう。市場参加者にとっては、「財政出動型の即効性」ではなく「改革型の持続性」という別のシナリオをどう評価するかが問われる局面となっている。

短期の熱狂ではなく中期的視点を

この局面で市場参加者に求められるのは、冷静なシナリオ分析である。短期的な株高・円安の熱狂に流されるのではなく、誰がリーダーになっても政策実行力に限界があるという現実を踏まえる必要がある。

次期総裁が仮に少数与党の立場に立たされるのであれば、単に政策の旗を掲げるだけでなく、野党と建設的にわたりあえる調整力が重要となる。市場や海外投資家にとって最も懸念されるのは、政権運営の停滞や政策の空白であり、それが企業マインドや投資判断を冷やす要因となるからだ。逆に、党派を超えて合意形成を積み重ねるリーダーシップを発揮できれば、財政・規制改革・外交安全保障といった幅広い分野で政策実行力が高まり、日本経済にとってはむしろ望ましい展開となろう。

総裁選をめぐる市場の興奮は、往々にして「期待先行」で盛り上がり、結果が出ると急速に萎む。石破総理の辞任が示したのは、政治の不確実性が日本市場に与える影響の大きさである。高市トレードの再来に熱狂するのではなく、むしろその後のリスクと希望をどう織り込むかが、投資家(国民)にとっての真の課題であろう。

一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事/経済アナリスト
著書
▪書籍『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)
WEBサイト:https://mabuchimariko.jp/