【WORLD WATCH】ジェリフェ・ニュース2024年12月号 

馬渕 磨理子

【富豪たちのホワイトハウス~トランプ第2期政権の閣僚人事を巡る懸念~】

史上最も裕福な閣僚陣
2025年1月21日に発足するトランプ政権の閣僚人事が固まった。トランプ次期大統領は選挙期間中、インフレ政策をはじめとする「労働者層」重視の政策を掲げてきたが、実際の閣僚陣容を見ると、選挙戦を支えた大富豪の支持者たちにさらなる利益をもたらす布陣となっている。

トランプ氏は、投資ヘッジファンド経営者のスコット・ベセント氏を財務長官、投資銀行CEOのハワード・ルトニック氏を商務長官、石油や天然ガスの採掘会社を経営するクリス・ライト氏をエネルギー長官に指名するなど、金融界やビジネス界の重鎮を起用する見通しだ。そこに世界一の富豪、イーロン・マスク氏を側近に加えると、同政権は史上最も裕福な閣僚陣容となる。

承認されれば、ベセント氏、ルトニック氏、ライト氏は、トランプ氏が大きな変更を約束している分野—減税、包括的な関税、規制緩和など—で、国の経済、貿易、エネルギー政策を主導する重要な役割を担うことになる。

利益相反の象徴:マスク氏の特別な立場
米国では企業幹部や金融界の重鎮が政府に入ることは珍しくない。ブッシュ政権ではゴールドマン・サックスのヘンリー・ポールソン氏が財務長官を、またトランプ第1期政権ではエクソンモービルのレックス・ティラーソン氏が国務長官を務めた。

しかし、第2期政権におけるビジネス利権と政策の関係は、過去の政権よりも問題をはらむ可能性があり、政府の倫理基準が軽視される危険性が高まるとの声も聞かれる。その象徴は、「政府効率化局(DOGE)」の共同議長に就任予定の世界一の富豪マスク氏だ。X(旧Twitter)、テスラ、SpaceXを所有するマスク氏に、トランプ氏は2兆ドルもの政府支出削減と連邦機関の効率化を一任する構えだ。

しかし、DOGEは正式な政府機関ではなく諮問委員会的組織であり、これによりマスク氏は連邦職員に適用される倫理規定を回避できる。トランプ陣営への資金提供者であるマスク氏への”特別な配慮”との指摘も出ている。

すでにマスク氏は、自社の事業展開を監督する可能性のある消費者金融保護局(CFPB)の廃止を主張。また従来から、自身の事業活動を制約してきた証券取引委員会(SEC)や連邦航空局(FAA)を非難し、テスラは環境保護庁(EPA)とも対立を続けている。政府政策への強い影響力を持つマスク氏の存在は、新政権における利益相反の象徴とも言えそうだ。

制度の抜け穴
連邦倫理法では、閣僚をはじめとする政府高官に対し、個人保有株式の売却を義務付けている。これは、権力の地位を利用して個人の投資利益を不当に増やすような事態を防止するためだ。すでにルトニック氏は、トランプ次期政権の商務長官として承認された場合、3つの事業から退き、保有する2つの上場企業の持分を売却する意向を示した。ヘッジファンド運営者でキースクエアグループの創設者であるベセント氏と、リバティ・エナジーのCEOであるライト氏の動向は伝えられていない。

一方で、資産売却は、閣僚指名者にとって必ずしも経済的な打撃とはならないとの指摘もある。金融資産の売却を強いられた場合、政府は「売却証明書」を発行し、キャピタルゲイン税を無期限に繰り延べることを認めている。また、「資産売却」という言葉には、実際の資産売却だけでなく、信託への移管、あるいは家族への贈与など、さまざまな方法が含まれているからだ。

トランプ次期大統領は「労働者のための政権」を掲げながら、実際には史上最も裕福な閣僚陣を擁する政権を築きつつある。利益相反への懸念や資産売却の抜け道など、富裕層優遇の構図は、むしろ強まっているようにも見える。大統領自身の免責特権に加え、閣僚たちの利権構造も含め、米国史上例を見ない異質な政権の誕生が迫っている。(ジャーナリスト 山中綾子)

一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事/経済アナリスト
著書
▪書籍『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)
WEBサイト:https://mabuchimariko.jp/