【今月の巻頭言】
株高で反応した市場
日本株、日本経済の見通しには「政局の分析」が欠かせない。1955年以来、一時期を除いて政権与党を担ってきた自民党が、衆院で単独過半数を失ったのだ。自公の過半数割れで、「少数与党」の誕生か、「政権交代」が起きるのか。10月30日の時点では、野党の一部が政策で自公と連携する閣外協力が濃厚であり、政権交代の可能性が低いとみられている。このため、日本株は株高で反応している。
加えて、政局を占う上で重要なポジションの国民民主党、日本維新の会が財政拡大傾向であることも株式市場には好材料となっている。一方、政局が安定するまでには時間を要する。今後、立憲民主党を軸とする政権交代が起きるシナリオも想定しておこう。立憲民主党が政権を取ればスタンスが変わる可能性はあるが、現段階では金融に関しては引き締めトーンであるため、株式市場は軟調に推移する可能性がある。政権交代が起きた1993年、2009年は3ヶ月以上株価の下落が続いた。
さて、白熱する政治を俯瞰するため投票率に視点を移す。投票率53.85%と前回を下回り戦後3番目に低い。政治とカネの問題が連日報道され、政権交代が起きる可能性が論じられてきた選挙にもかかわらず、投票率の戦後3番目の低さだ。
真に必要な議論
投票率の低さの理由は、「内向きの議論」「似たような、政党の公約」で説明できるだろう。政治改革は大事なテーマだが、真の無関心層からすれば、どこまでも内向きの話。知らぬ存ぜぬ、だったのだろう。政党の公約は似通っている。日ごろから 政治・経済に関心がある層は各党の公約を見比べて「財源抜きのバラマキだな」とか「財源考慮して実現可能だな」などの差が見える。しかし、日ごろから政治経済に関心がない層からすればどこも「給付・減税(野党)・最低賃金の引き上げ・高等教育の無償化」を掲げている。どこに投票しても、給付と減税の恩恵を受けられそうだ、という印象を受けたかもしれない。
真に、日本経済の事を考えた時に必要な議論は、経済視点から言えば「労働市場の流動化」である。24年の衆院選は始まりに過ぎず、今回の衆院選、25年の参院選、次期衆院選、この3つの選挙は地続きだと考える。今回で勝負は終わりではない。であるならば、各政党は似たような政策だけでなく、今後はもっと差が出るように色を出すべきだ。
転職者に所得減税を
日本の未来を真剣に考えるならば、労働市場の流動化について議論すべきではないか。自民党総裁選では思わぬ方向に議論が向かってしまったことが残念だ。この議論なしに、日本を前に進めることは難しい。とはいえ、多くの方がイメージするような経営者が解雇しやすくなるというネガティブな議論ではない。アメリカのような社会を目指しているわけでもない。
例えば、エコノミストの永濱利廣氏が論じるような、転職した方が「所得減税」を受けられる仕組みや、中途採用した企業にインセンティブなど前向きに動いた人が恩恵を受けられる形での制度設計は可能ではないか。アレルギー反応を起こして嫌われやすい労働市場の流動化議論。本当に日本経済の事を考えて良くしたいと考えればこのテーマは避けて通れない。嫌われる議論だが、ポジティブに変換し、賃金上昇に繋がり、切り捨てる流動化ではないというプランを説明し切れた政党は支持されるのではないかと思う。
転職した人が所得減税を受けられる社会をイメージすると、企業からすれば社内にいて欲しい人を必死に引き止め、待遇を改善し、労働環境を整える。最低賃金ではなく、平均賃金の底上げを実現していくことは可能だ。実質賃金・可処分所得をプラスにしていくために無党派層も巻き込み議論して欲しい。続く2つの国政選挙でぜひ、各党でポジティブな政策議論を期待したい。絶妙な政党パワーバランスを生み出した今回の衆院選。日本国民の集合知こそを褒めたたえたい。
(日本金融経済研究所代表理事 馬渕磨理子)