【今月の巻頭言】
9月末、国連総会開催中のNYを訪れた。街中は活気に溢れつつも「格差」を目の当たりにした。NYの訪問では、日米の経済、金融政策、地政学リスクなど幅広い分野で取材を行った。まず、FOMCが0.5%の利下げに踏み切った直後に、訪問できたこともあり、多くの金融関係者のなかで、最も関心の高い「アメリカ経済の見通し」と「FRBの市場とのコミュニケーションのあり方」というテーマについて議論できた。日本はアベノミクスの総括の時期に入っている。米国から見る「アベノミクスの評価と今後」、「日本の利上げ」、「日本がもう一段と経済成長するためには、何が必要か」を取材した。
米国経済の状況 懸念材料
個人消費が強いはずのアメリカ経済では、値段を下げなければ購入しない消費行動が見受けられる。小売業での「安売り」が始まっている。中間層での格差が拡大しているという懸念点がある。オフィスの空室率が高い点は、後々の銀行セクターの経営悪化につながる可能性を内包している。クレジットカードローンの延滞率の上昇は懸念材料だが、これは、アメリカの利下げによって懸念は少しマイルドになったと言えるだろう。NYでファンドの関係者と意見交換をした際に、あまり他の人が論じていない分析があったので紹介しよう。アメリカが利下げに踏み切ったものの、思ったよりも物価が下落せず、再利上げの可能性のシナリオを30%ほどの確率で想定したものだ。アメリカ人の90%以上が固定金利で住宅ローンを借りており、すでに家を買っている人は金利上昇に対して無傷である。
2024年時点で、固定金利で借りている人のうち5%以下で借りている割合が約8割を占める。FRBは金利を下げることで、消費マインドを改善することを期待しているが、住宅ローン市場のデータを分析すると、そもそも、5%以下で借りている割合が多く、利下げが個人消費を刺激する材料になるかは懐疑的だとう考え方だ。
しかし、取材先のほとんどは、総じてアメリカの個人消費は強く、住宅市場はむしろ、逼迫しているほど強いという回答であった。これは、富裕層が多いアメリカではデータ的に総じて個人消費が強く見えるという課題が存在している。
FRB、コミュニケーション変化の可能性
FRBのコミュニケーションはバーナンキFRB議長以降、政策金利などを発表するFOMCの前に、おおよそ方向性を決めてアナウンスする(フォワードガイダンス)のスタンスを取ってきた。FOMCの前に、中央銀行自ら金融政策の先行きを示しておく「お約束」のようなものだ。FOMCの直前には、FRB高官が金融政策に関する発言を自粛する期間にあたるブラックアウト期間がある。9月のFOMC前のブラックアウト期間までは、0.25%の利下げ濃厚だった。
しかし、ブラックアウト期間中に、NYタイムズやFTが「大幅利下げの可能性」と0.5%を匂わせる報道があった。実際にFOMCで0.5%の利下げに踏み切った。現地の金融関係者との議論でFRBがフォワードガイダンスではなく、リーク形式でコミュニケーションをとることについての話題がメインとなった。これを批判的と捉えるのではなく、FRBのコミュニケーションの取り方が変わった可能性を意識するというスタンスだ。フォワードガイダンスではない手法でコミュニケーションを取る可能性に対して、身構える考えだ。今後も「どの程度、利下げしていくか」常に予想しなければならないなかで、特定の報道機関の情報にギリギリまで一挙手一投足に注目することになりそうだ。それだけ、FRBとしても、雇用や消費の経済指標のデータをギリギリまで確認してからでしか判断できない経済状況だということだ。ブラックアウト期間そのものをなくしてもいいのではないかという声も多かった。
高まる日本市場への信頼
地政学リスクの視点から、中国には投資できないなかで、日本の存在感は増している。特に、日本市場に対して評価が高かった点はアベノミクス以降の日本のコーポレートガバナンスの改革である。また、現在の東証の市場改革には、多くの金融関係者が高い評価をしている。透明性、ROEの改善、コミュニケーションの取りやすさなど、日本市場に対する信頼度は、かなり高まっている、これを継続し発展させて欲しいと話していた。
日本のデフレについては意見が分かれた。デフレから脱却できるイメージを持つ方と、まだ足腰が弱いため、慎重な金融政策を求める声に分かれている。
日本が一段と成長するには「人材投資」という明確な答えが返ってきた。日本の賃上げには高い評価をしているが、まだアジアの他の国よりも低いではないかと。更なる、賃上げによって、企業の競争力高めることに期待が高いようであった。
金融関係者との面談だったが、目の前の日米の金融政策の話だけでなく、重要なのは「日米関係」の議論だ。アナリストの私に対しても「あなたは、日本の安全保障・軍事をどのように考えているのか。アメリカと、どう良い関係を継続するのか」その問いが、常に根底にあった。金融、実体経済、地政学、軍事、政治全てのことが繋がっている。今回の渡米を通じて、日本に帰国して、自身のやるべきことの視野も広がった。
(日本金融経済研究所代表理事 馬渕磨理子)