日本金融経済研究所、独自調査 企業価値向上には、IR専属部署・人材の配置を 

馬渕 磨理子

エグゼクティブサマリー

本調査は企業価値を高めることに成功した企業の事例を研究することで、IR担当者の実務業務の1つの参考になるであろうデータをまとめた。また、IRの専門性の高さと業務量の多さから専属人材を配置する必要性について言及した。

3年間で時価総額60億円から500億円に企業価値を高めた企業のIR手法を公開

・研究対象企業は月間5日以上、10万株以上の出来高を維持

月に1個人投資家向けのセミナーを実施

・四半期で機関投資家MTGは約100

・時価総額の高まりとともに機関投資家の保有割合は増加傾向

IR予算は年間約1400万円

・企業価値向上のために、IR専属部署・人材の配置が重要

研究の背景・目的

日本の上場マーケットの課題に「上場がゴール」となり上場後の企業価値を高めることができない企業数が多い点である。上場企業3901社中、時価総額が100億円以下の企業は38%(1486社)、500億円以下の企業は70%(2755社)にのぼる。時価総額500億円以下の企業は機関投資家の資金が入りづらく、企業価値が低いまま放置されている現状がある。企業価値向上には業績、競争優位性、成長戦略、透明性、流動性など様々な条件を整える必要がある。それに加えて、IR(インベスター・リレーションズ)のリソース不足で企業価値が適正に評価されていない実態がある。そこでIRに積極的な上場企業をモデルケースとして調査を行う。投資家とのコミュニケーションを通じて資本市場で評価を高めるためには、どのような手段を構築すべきかについて選択肢を示唆することする。

IRの実務

IRの主な業務内容は「決算関連」「アナリスト・機関投資家とのIR取材対応」「セルサイド・アナリスト・機関投資家向けのイベント」「個人投資家向けのイベント」「IRツールの製作」「コーポレートサイトの管理」「月次データの公表」「プレスリリースの公開」「メディア対応」「株主総会の実施」など多岐に渡る。

株価の形成と出来高の関係

一般的に出来高は、株価に先行する場合が多い。出来高が増え、取引が活発になると株価が上昇しやすくなる。好業績やM&Aなどの好材料が発表されると出来高が急増し、その後に大きく株価が上昇することはよくある。また不祥事などで株価が下落するケースも出来高が急増する。植田 一博 教授(東京大学大学院総合文化研究科)と三輪 宏太郎(東京海上アセットマネジメント投信 クオンツ企画運用部)の研究「株価モメンタムと出来高の関係と投資家の株価トレンド追随行為[1]」で、出来高上昇と株価変動の持続性の関係を、トレンド追随行為の視点から検討している。実データ[2]による分析により、ファンダメンタル情報を伴わない状況下でも、出来高上昇→株価変動の持続性上昇の関係が成立する可能性が高いことが明らかとなっている。そこで、出来高の増加が株価形成の要素の1つであることを根拠に、出来高増加にどのような企業IR活動が有効かを検討する。

事例企業、月に5日は出来高10万株

計測期間である684日の出来高平均値は89,936万株だった。684日間のうち172日が出来高10万株以上(25.1%)である。営業日が244日間だとすれば、61日は出来高10万株以上を維持してる。つまり、月間5日以上10万以上の出来高を目指すことで、株価変動の持続性上昇の関係を維持する指標として参考になろう。

個人投資家向けのセミナーや決算発表動画の活用

IR実務の中に。個人投資家向けのイベント実施がある。個人投資家向け説明会、個人投資家向けの施設見学会などがある。アナリストや機関投資家向けのMTGと内容自体は同じだが、資料をより分かりやすく、噛み砕いた説明が求められる。事例企業の場合は、月に1回の個人投資家向けのセミナーを様々媒体と組みながら行っている

❑セミナー主催企業
Kabuberry、リンクスリサーチ、岩井コスモ証券、アガルンジャー、マーケットLIVEフェスティバル、神戸キリン、ログミーファイナンス、日本証券新聞、SBIIRセミナー、イベントス、インベストメントブリッジ
❑決算動画の活用
IR Robotics(IR TV)

機関投資家とのMTGの回数は四半期で100件

IR担当者はのファンドマネージャーやポートフォリオマネージャーとのMTGが重要な業務となる。事例企業では四半期で決算説明会後のラージMTGは平均28件、1on1MTGは平均41件、スモールMTGは30件の計99件のMTGを実施している

IR予算は年間1400万円

研究対象の企業の3年間のIR予算の合計金額は4,300万円で、1年あたり平均1433万円となる。これに加えてIR人材の人件費をおよそ1名あたり500~800万円程度とすれば、年間約1900~2200万円の投資金額で時価総額を+500億円アップサイドさせ、企業価値を10倍に高めている。レバレッジ経営とも言えるだろう。

投資家とのコミニケションで重視している点

事例企業は投資家とのコミュニケーションで高い評価を受けている。機関投資家とのコミュニケーションにおいて、アプローチ、名簿管理、MTGの設定、議事録を全てスプレッドシートなどで管理している。可視化することで、経営陣との情報共有や改善点をスムーズ行えるように工夫をしている。さらに、機関投資家とのMTG資料でどんな点に気を付けている。

IR施策の成果:時価総額の向上と株主構成の変動、IRの賞受賞など

これらのIR活動により得られた成果項目は「①時価総額」「②機関投資家の保有比率」「③投資家数」「④IR関係の賞を受賞」が挙げられる。時価総額の向上に伴う機関投資家の保有比率の高まりやIR関係の賞を受賞するなど、企業価値を更に高める土壌づくりができている。

時価総額の向上と株主構成の変動、機関投資家の増加

こうした継続的なIR活動が功を奏し、機関投資家の保有割合は増加傾向にある。国内+海外機関投資家の保有率は低い時期で29%、高い時期で浮動株のうち68%となっている。同社の海外機関投資家の保有比率は20%以下であり、今後は海外機関投資家の保有割合を高めるIR活動に注力する。時価総額600億円のステージに入り、海外機関投資家とのコミュニケーションが増加することが予想される。また、分かりやすいIRの説明資料の評価が高いくIR関連の章も受賞している。今後のIR活動についても、日本金融経済研究所の調査に協力いただけることから、継続的な調査報告書を発表していく。

政策提言

IRの業務は専門性が高く、業務量が多く、企業価値向上に寄与する仕事である。しかし、IR専属部署を設置している中小型企業は少ない。総務、経理、広報を兼任しながらIR業務を進めている企業が多い。政府として、日本経済を底上げするためにIRの政策を強化するべき時期に来ている。具体化には、企業価値の向上にコミットするためには、専属IR担当者を置くことを必須としていただきたい。IR担当者は、投資家とのコミュニケーション、経営戦略、財務、ファイナンス、マーケティング、語学など多岐に渡る専門知識が求められる。政府として高度IR人材の育成に力を入れる教育カリキュラムや仕組みが必要だ。IRの年間計画書を提出し、IR施策実施後の報告など一定の基準を満たす企業にはIR補助金などの政策も有効だろう。IRが経営の一部であり、継続的な投資家とのコミュニケーションについて官民連携で強化するべきである。上場をゴールとせずに、上場後さらに成長を描ける「活力ある企業」が日本から数多く誕生することを願う。

 

[1] https://sigfin.org/?plugin=attach&refer=SIG-FIN-003-06&openfile=SIG-FIN-003-06.pdf

[2] 分析対象はニューヨーク証券取引所上場株でアナリストカバレッジが 3 名以上、米国企業株、株価が 1$以上の銘柄。分析期間は 1987年~2006 年の 20 年間。

 

 

一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事/経済アナリスト
著書
▪書籍『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)
WEBサイト:https://mabuchimariko.jp/