MSCIセクター別リターン/新興国が意外な勝者に、トランプ関税下の世界株式(9/3)ジェリフェ通信(日本金融経済研究所/代表理事 馬渕磨理子)

馬渕 磨理子

新興国が意外な勝者に、トランプ関税下の世界株式

1. マクロ総括

直近1か月の世界株式市場は、リスクオン基調を背景に上昇した。ただし、上昇を牽引するセクターや地域は大きく異なっており、米国は消費、中国は資源・テック、インドは内需、日本はエネルギー・公益と、それぞれ異なる構図を示している。これは投資資金が「世界共通のテーマ」に流れ込むのではなく、各国固有のファンダメンタルズに依存する相場環境を意味する。

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特に米国関税の標的となったはずの新興国市場が意外な勝者となった。中国やメキシコなど輸出依存度の高い国でも、上場企業の多くは国内収益比率が高く、関税影響が直ちに波及しにくい構造が背景にあるのではとの分析も。ブルームバーグ・インテリジェンス9月3日のレポート「Global Equity Monthly Market Signals: August 2025  The Global Equity Rally’s Unlikely Winner: Emerging Markets?」によれば、ラテンアメリカ、EMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)、台湾がEPS伸長を牽引し、中国もTech-8と呼ばれる大手IT企業群の国内収益により加速が見られた。


2. 国別分析

米国

  • 好調セクター:一般消費財(+7.1%)、素材(+7.0%)、金融(+4.7%)

  • 低調セクター:公益(-2.1%)

  • 評価:利下げ期待を背景に消費関連株が牽引。景気ソフトランディングシナリオが市場に浸透し、リスク選好度合いが強まっている。


中国

  • 好調セクター:素材(+25.1%)、テクノロジー(+12.7%)、コミュニケーション(+11.6%)

  • 低調セクター:金融(+0.3%)、公益(-0.9%)

  • 評価:資源高と政府支援策を背景に、素材とハイテク株が急伸。金融株の低迷は実体経済の信用リスクを映し出す。


インド

  • 好調セクター:一般消費財(+7.6%)、テクノロジー(+2.6%)

  • 低調セクター:エネルギー(-2.3%)、公益(-1.3%)、工業(-0.3%)

  • 評価:内需拡大とITセクターが引き続き成長の柱。資源関連は外部環境の逆風を受けたが、人口増加と消費市場の拡大は持続的な成長を支える。


日本

  • 好調セクター:エネルギー(+12.4%)、公益(+9.3%)、不動産(+7.9%)

  • 低調セクター:テクノロジー(-0.8%)、生活必需品(-0.1%)

  • 評価:原油高・金利上昇観測を背景にバリュー株に資金が流入。公益・不動産の堅調は「国内志向の投資マネー」の流れを示す。一方でハイテクは外需不透明感から逆風。


3. グローバルトレンドの示唆

  • 米国:利下げ観測と消費主導 → 「内需強化型リスクオン」

  • 中国:政策刺激と資源高 → 「素材・ハイテクのリバウンド」

  • インド:人口増加と消費、内需主導 → 「内需・IT成長ストーリー」

  • 日本:資源高と金融政策 → 「バリュー株シフト」

世界的に株価上昇基調が続く一方で、「国ごとに上昇ドライバーが異なる」のが最大の特徴。投資戦略としては、単純なグローバルベータの追随よりも、国別・セクター別のテーマ投資が重要となる局面。


4. 投資インプリケーション

  • 短期:米国の消費、中国の素材・Tech、日本のエネルギー・金融がリターンを牽引。

  • 中期:インドの内需セクターが安定的な成長エンジンに。

  • 長期:世界的に「金融緩和・資源高・人口動態」という3大テーマが資金フローを決定。


5.中国 市場動向の考察:地政学

  • 中国のCSI300指数は2025年4月安値から約25%上昇。

  • 特徴は「国家隊」(国有ファンド)による直接介入や株式政策なしでの株高である点が特徴。

  • 背景には

    • 供給側改革(過剰生産の抑制)への期待

    • ハイテクを国内で自給自足する政策(半導体・AI・電池)への注目

    • 機関投資家の市場参加拡大 がある。

説明を加えると
中国では中国では、株価急落時に 「国家隊」(中央匯金投資、証券金融公司など国有系ファンド)が大手銀行や証券会社を通じて市場に資金を投入し、株価を下支えすることがある。特に2015年の「チャイナショック」や2022年以降の下落局面では、この国家隊の存在が注目された。2025年4月のトランプ関税発動後の株価下落でも買い支えしている。

最近の株価上昇の特徴(2025年夏)

Bloombergの分析によると、直近のCSI300の上昇(4月から+25%)は「国家隊」の直接介入なしで起きていると分析している。

政策当局は「株価を直接押し上げる」のではなく、構造的課題の改善や投資家基盤の拡大によって市場を支えをしている。過剰な生産能力を抑える方針は、企業の利益率改善への期待を高めている。さらに、昨年9月以降に進められてきた「機関投資家を株式市場に呼び込む取り組み」が成果を上げ始めており、中国のハイテクセクターに対する新たな期待感も重なっているようだ。

ただし、実体経済は依然として不動産不況・需要不足・デフレ圧力を抱えており、株高と実態経済との乖離というリスクを伴う。

中国の信用取引融資残高が2兆2900億元と2015年以来の過去最高を更新した。個人投資家は流動性相場を背景にレバレッジを拡大し、株価上昇の波に乗ろうとしている。強気姿勢が市場を押し上げる一方で、下落局面では追証による一斉売却が加速し、ボラティリティを高めるリスクを内包している。

中国の株式市場の上昇は、国家隊の露骨な買い支えなしに進んでいる。そのこと自体が、いまの中国を映している。株を直接に持ち上げるのではなく、過剰な生産能力の削減、機関投資家の呼び込み、そして「自給自足」という名の産業戦略を通じて、市場心理を支えている。

だが、その足元にある実体経済は、なお重く湿っている。不動産不況、需要不足、デフレ圧力。株価が先走り、現実が追いつかない。そのギャップが中国市場の最大のリスクである。

日本金融経済研究所としては、中国を単なる投資対象としてではなく、米中対立という地政の裂け目の中で、どのように自らの秩序を織り直そうとしているのか、その動態を見つめる視座が必要である。

一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事/経済アナリスト
著書
▪書籍『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』(ダイヤモンド社)
WEBサイト:https://mabuchimariko.jp/